1999年フランスの旅 – 19 –

1999年11月8日 曇り時々雨(36日目)パリ4日目

7時45分起床。朝食はカフェオレだけにして8時すぎに出かける。今日はいよいよフランス最終日。やるべきことが多いので素早く出かけることにする。昨日は日曜日で買い物ができなかったので今日は追加の買い物と食べ物関係のショップに行く予定だ。

朝一でメトロでフォーラム・デ・アールに行く。まだ必要なものがあったのでドゥイルランとシモンをハシゴして買い物。メトロで左岸に戻りエリック・カイザーに行く。長く家を空けるので留守をお願いしたパン屋の友達のお土産にするために直径30cmぐらいのでっかいパンを一個丸ごと買う。(現在ではメゾン・カイザーとして世界で展開しているが1996年にパリ5区に出したこの店がその始まり。この頃はまだ本店のみだったか支店がちょっとあったかぐらい)
一旦ホテルに戻り荷物を置いて再度出かける。メトロでチョコレート屋「Debauve&Gallais(ドゥボーヴ・エ・ガレ)」に行って買い物して文房具屋でも買い物。

再度ホテルに帰り着替えて出かける。今日のランチは最後の星付きレストランに予約をしているのだ。
メトロで凱旋門付近の「PIERRE GAGNAIRE(ピエール・ガニェール)」に12時少し前到着。ピエール・ガニェールはリヨンから1時間ほどのサンテティエンヌにレストランを立ち上げ1992年に三つ星を獲得した後、破産やなんかかんやあってパリにレストランを開き1998年に再び三つ星を獲得したばかりだった。
デギュスタシオンメニューを注文。グラスシャンパンとワインを一本。細かい価格は不明だけどチップも入れて2,760F。(一人2万5千円……今なら5〜6倍かな)

料理界のピカソとも称されるガニェールの料理は前衛的で異端かつ正統。当時としてはとりわけ品数が多いのが特徴で食事が終わったのは16時ぐらい。
最後にパリで楽しみにしていた三つ星レストランは期待に違わず大満足のひと時を過ごせた。料理の提供が終わったシェフが客席に現れイメージ通りの風貌で挨拶をしてくれたのも嬉しかった。

さて、食事が終わったら慌ててホテルに帰って着替えをして最後の買い物に出かける。お店はせいぜい18時ごろまでしかやっていないからここからは時間との勝負だ。メトロでオペラ座に行く。ジャン=ポール・エヴァンでボンボン・ショコラとトリュフ、ラデュレでマカロン、フォションでいろいろ、エディアールでいろいろ、はちみつ屋ではちみつ、ニコラでワイン。ここらへんでタイムアップ!今でこそ数多くの有名店が東京にも支店を持つが当時はまだパリでしか買えない店が多かった。
メトロでホテルに帰り一休み。荷物をまとめたり帰国の準備をする。

昼ごはんで満腹なのでそれほど量は食べられないけどフランス最後の夜なのでホテル近くのワインバーに出かける。
シャルキトゥリーの盛り合わせとチーズの盛り合わせ。グラスシャンパン×2、グラス赤ワイン×2、cafe×2。食事の後はセーヌ川とノートルダム大聖堂を眺めてパリに別れを惜しんだ。

カルネ 55F、昼ごはん 2,760F、夜ごはん 386F
計 3,201(57,618円)

1999年11月9日〜10日 曇り(37日〜38日目)パリから成田へ

8時起床、朝食。荷物をまとめて9時20分出発。RERでシャルル・ド・ゴール空港へ。チェックインして荷物を預けて、空港をうろうろして余ったフランを使い切るためにヴァローナのチョコレートとオランジーナを買う。
サベナ・ベルギー航空でブリュッセル乗り換え。トランジットの時間が結構あったのでカフェでビールとジュースを飲む。
成田空港には翌日の昼前ぐらいに到着。

二人ともあまりコメを食べたーい!!と思うタイプではないので、旅の途中では一度も日本料理や中華料理を食べなかった。帰りの飛行機の中で日本に帰ったら何食べたいかな?と考えたけど「ラーメン食べたい」だったような記憶。

RER 49F×2、ヴァローナ 32F、オランジーナ 18F
計 148F(2,664円)

ビールとオレンジジュース 220ベルギーフラン

旅を振り返って見ると、スリにカバンを開けられそうになったりホテルを取るのに苦労したりと多少のトラブルはあったけど、大きな問題もなく過ごせて無事に日本に帰って来れたのは幸いだった。
日程を終えても早く日本に帰りたいよりは、まだ帰りたくないなーって思いの方が強かったから良い旅だったんだろう。
   
この旅を終えてから一年後の2000年11月4日に念願のフレンチレストランをオープンすることになるのだがそれはまた別のお話。

ピエール・ガニェール前

宝石屋さんのようなジャン=ポール・エヴァン

お疲れ様でした〜