1999年フランスの旅 – 01 –

1999年10月4日 天気不明(1日目)日本出発パリへ!

いよいよ出発の日。昼ごろの飛行機なので成田空港には9時前後に着いた。航空会社はサベナ・ベルギー航空。成田からブリュッセル乗換でシャルル・ド・ゴール空港到着。機内で出たワッフルが美味しくてさすが本場ベルギーと感心した。(なんでこんなことを覚えているかと言うと、この少し前の1990年代後半にベルギーワッフルブームが日本に到来して話題になっていたからだ。90年の空前絶後のティラミスブームに端を発し90年代はタピオカ、ナタデココ、パンナコッタといろんなスイーツがブームを作った時代だった)

日本を昼にたつとシャルル・ド・ゴール空港に着くのは同日の19時か20時ごろ。空港からRER(高速鉄道)で45分ほどかけパリ北駅へ移動。初日の宿はあらかじめ日本から予約をしておいた。と言っても今のようにネットでぽちっと言う訳にいかないのでガイドブックを見てFAXかなにかで予約をしたように思う。北駅から程近いホテルに入ると長旅の疲れもあり夕飯も食べずに寝てしまった。

RER 49F×2
計 98F(1,764円)

1999年10月5日 晴れ(2日目)パリ初日

7時30分に起床してホテルで朝食。フランスの安宿の朝食はコーヒーorカフェオレorショコラ(ココア的な)のどれかを選んで、バゲットとクロワッサンにバターとジャムと決まっているのだ。
ここでまず一つ済ませなければならない用事があった。4年半前にフランスを離れた時に使い残した数万円分のフラン紙幣を持ってきたのに、新紙幣に変わっていて交換しないと使えないと昨夜の時点で判明したのだった。ホテル近くで銀行を探し交換を頼むと「フランス銀行じゃないとできないよ」と。しょうがないので当座分の現金を下ろし、教えてもらったバスティーユ広場でフランス銀行を探すことに。

ところで旅の資金をどう持っていったかと言うお話。クレジットカードも利用するけれど現金も必要。長旅に現金を多く持っていくのは不安だったので、今は亡きシティバンクの口座を開設して日本円を預け入れておき現地のATMで現地通貨で引き出す予定にしていた。当時でもATMはどこにでもあったし両替所を探さなくていいので楽だった。

北駅からバスティーユ広場まではそれほど遠くないので歩いて行くことにする。フランス銀行は簡単に見つかり交換を済ませ現金は確保した。メトロに乗るためにカルネ(10枚回数券)を買ってまずはエッフェル塔へ!本日はコッテリとパリ観光をする予定である。エッフェル塔に登りついにパリに来たことをしみじみと実感。そしてお腹も空いたところで近辺でレストランを探しランチをすることに。63FのMenu(ムニュ/セットメニュー)を注文し、アンディーブとベーコンのサラダ、ポトフ、チキンのソテーと白ワインのキャラフェ42Fをオーダー。

そこから歩いてオルセー美術館に向かう。途中、ジャン・ミエでケーキを買ったり、ミッシェル・ショーダンでチョコレートを買ったり、フロマージュリー・クレールとマリー=アンヌ・カンタン(共にチーズ屋)をのぞいたり。午後はオルセー美術館でミレー、モネ、ゴッホなどたくさん見る。

17時ごろに見終わりそのままシテ島(セーヌ川の中洲にある島)まで歩くことにする。ポン・ヌフを渡りシテ島に上陸し壮大なノートルダム大聖堂を見る。(余談ですが、ポン・ヌフはポン・ヌフ橋と呼ばれるときもあるけど、ポン(橋)ヌフ(新しい)だから新橋橋になっちゃうよね?チゲ鍋とかサハラ砂漠的な?)
そこからさらにサン・ルイ島に渡りフェルム・サントーバンでチーズ(クロタン・ド・シャヴィニョールとブリ・ド・モー)購入。

エッフェル塔からサン・ルイ島まで5kmほどだけどオルセーの中も歩いたしテンション高めの初日らしく明らかに歩き過ぎと思われる。
ホテルに帰るためにメトロに乗りパリ東駅へ。ちなみにパリの東駅と北駅はすぐ隣り合わせにある。マルシェに立ち寄りパンとグロゼイユ、スーパーで水とワインとハムを買ってホテルへ19時すぎ帰還。今日はランチをレストランで食べたので夜は買ってきたものをホテルで食べることにした。毎日二食をレストランで食べてるとお金もかかるしねぇ。

カルネ 55F、エッフェル塔 60F×2、昼ごはん 177F、ケーキ 42F、チョコレート 30.5F、オルセー美術館 40F×2、チーズ 25.3F 、水 15F、パン 21F、フルーツ 18F、スーパー 30.05F、絵葉書1F×5、トイレ 2.5F 2.8F×2
計 626,95F(11,285円)

最初はやっぱここ。

在し日のノートルダム大聖堂(でも補修中)